因果の法則ですが、仏教のお話では無いです。
簡単な話で、
原因あって結果です。
今までの自分の過去世から今生のドミノの倒した結果が、今の果となっている。
そういう事ですね。
一例をあげると。
取ったら、取られる、、、です。
芸能界の略奪愛を見ているとよく解かります。妻子有る男優を離婚させて自分が正妻になった後、再び夫の男優は後年に浮気して離婚騒動が起こります。
そうやって大抵再び取られてしまいますね。
因果応報ですからね。とても解かりやすい。
これが今世で果が来るか、来世で来るかは色々あると思います。
で、
布施って話では、、、
実話かどうかは知りませんが、釈迦の話があります。
御釈迦さんが弟子に貧乏人の町に托鉢に行けと命じたと、、、
何故金持ちの家ではなく、貧乏人の町に行くのかと言うと、、、
過去世で他人に施しをしなかったから、その方達は今世は貧乏なんだと、、、
だから喜捨させてあげる為にこちらから出向いて行ってやれ・・・と、そんな話だったと思います。
施せば、施される、、、、ということ。
近江商人の飢饉普請もそうですね。
そうやって積んだ徳が、巡り巡って豪商に押し上げていきます。
で、
愛したら、愛される、、、ってこと。
男女間の愛で・・・
今、良く、裏切られたから刺したとか、冷たくされたから刺したとかありますよね。
それって「愛」ですか?
相手の「幸せ」を願うことが愛であると思いますが、、、
今の現状は、自分の支配下、自分の独占占有にするのが「愛」だと錯覚しているように思えます。
別れた女性に、生霊を飛ばし続けていた男性の言葉に、「別れたら殺す」「他の人と幸せになるなんて絶対に許せない(怒気)」というのがありました。
※その女性からお付き合いしていた時の話として聞きました。
自分と一緒になって幸せになるのだけが唯一の幸せだと、、堅く信じていました。
「それが愛なのか?」と、生霊に問うても「そうだ」と言い張ります。
それだけ半端な生霊ではなく、とても大変でした。
このように「占有欲」の自我にしか過ぎないことを「愛」と錯覚することは多々あると思います。
で、浮気を「信じていたのに、裏切られた」ってのもなんだかオカシイですよね。
契約不履行って考えも「愛」の定義から行くと何か変です。
「信じていたのに」もどうにも変です。
(浮気を容認擁護する訳ではなく・・・ここではその是非は問うていません)
自分が、相手の望む事を何処まで容認できるか?ってのはあると思います。
その程度、度合いってのは、たぶんそれぞれの相手との関係と学びに応じた展開になって現実に顕われるのだと思いますね。
それと自分の過去世での出来事、カルマの結果を見せられるってのは勿論あるでしょう。
夫婦って生まれ変わり繰り返して夫婦ってのは多いです。お互いの人生の魂の砥石として存在しますね。
そういう「摂理」って部分を理解して、そういった出来事を包括的に観ていく余裕は持って頂きたいと思います。
起きている出来事、問題やトラブルは「渦」です。
渦中に居ると周りは見えません。
渦から出て全体を俯瞰する、外れた高みから観ることでその現象の「理」(ことわり)が観得てきます。
そういう視点を変えた見方を身につけることです。
自分にとって「愛」ってなんなんでしょうか?
与えたら、与えられる。
守れば、守られる。
助けたら、助けられる。
導けば、導かれる。
教えたら、教えてもらえる。
聞いてあげれば、聞いてもらえる。
許せば、許される。
愛しめば、愛しまれる。
取ったら、取られる。
責めたら、責められる。
見捨てたら、見捨てられる。
騙せば、騙される。
嘘つけば、嘘つかれる。
無視したら、無視される。
裁けば、裁かれる。
嫌えば、嫌われる。
因果ってのは陰陽ありますからね。
悪い意味ばっかりじゃないです。
その出来ることを出来る範囲で理解してやっていく。
無理にすることはないです。出来ないことも当然あります。
出来ないからって言ってそれが罪になる訳ではありません。
その「心根」をひとつひとつ摂理に照らして考えて生きて行きたいと思います。
教祖や霊能力なぞ要らないんです。
アセンションとかも一緒ですね。その知識、さっさとドブに捨てましょう。
どんな因というドミノを倒せば、どんな果が来るかは明白です。
※但し、その倒す「心根」に寄ります。見返りを求めない心ですね。
ポジにドミノを倒して生きて活きましょう。
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簡単な話で、
原因あって結果です。
今までの自分の過去世から今生のドミノの倒した結果が、今の果となっている。
そういう事ですね。
一例をあげると。
取ったら、取られる、、、です。
芸能界の略奪愛を見ているとよく解かります。妻子有る男優を離婚させて自分が正妻になった後、再び夫の男優は後年に浮気して離婚騒動が起こります。
そうやって大抵再び取られてしまいますね。
因果応報ですからね。とても解かりやすい。
これが今世で果が来るか、来世で来るかは色々あると思います。
で、
布施って話では、、、
実話かどうかは知りませんが、釈迦の話があります。
御釈迦さんが弟子に貧乏人の町に托鉢に行けと命じたと、、、
何故金持ちの家ではなく、貧乏人の町に行くのかと言うと、、、
過去世で他人に施しをしなかったから、その方達は今世は貧乏なんだと、、、
だから喜捨させてあげる為にこちらから出向いて行ってやれ・・・と、そんな話だったと思います。
施せば、施される、、、、ということ。
近江商人の飢饉普請もそうですね。
そうやって積んだ徳が、巡り巡って豪商に押し上げていきます。
で、
愛したら、愛される、、、ってこと。
男女間の愛で・・・
今、良く、裏切られたから刺したとか、冷たくされたから刺したとかありますよね。
それって「愛」ですか?
相手の「幸せ」を願うことが愛であると思いますが、、、
今の現状は、自分の支配下、自分の独占占有にするのが「愛」だと錯覚しているように思えます。
別れた女性に、生霊を飛ばし続けていた男性の言葉に、「別れたら殺す」「他の人と幸せになるなんて絶対に許せない(怒気)」というのがありました。
※その女性からお付き合いしていた時の話として聞きました。
自分と一緒になって幸せになるのだけが唯一の幸せだと、、堅く信じていました。
「それが愛なのか?」と、生霊に問うても「そうだ」と言い張ります。
それだけ半端な生霊ではなく、とても大変でした。
このように「占有欲」の自我にしか過ぎないことを「愛」と錯覚することは多々あると思います。
で、浮気を「信じていたのに、裏切られた」ってのもなんだかオカシイですよね。
契約不履行って考えも「愛」の定義から行くと何か変です。
「信じていたのに」もどうにも変です。
(浮気を容認擁護する訳ではなく・・・ここではその是非は問うていません)
自分が、相手の望む事を何処まで容認できるか?ってのはあると思います。
その程度、度合いってのは、たぶんそれぞれの相手との関係と学びに応じた展開になって現実に顕われるのだと思いますね。
それと自分の過去世での出来事、カルマの結果を見せられるってのは勿論あるでしょう。
夫婦って生まれ変わり繰り返して夫婦ってのは多いです。お互いの人生の魂の砥石として存在しますね。
そういう「摂理」って部分を理解して、そういった出来事を包括的に観ていく余裕は持って頂きたいと思います。
起きている出来事、問題やトラブルは「渦」です。
渦中に居ると周りは見えません。
渦から出て全体を俯瞰する、外れた高みから観ることでその現象の「理」(ことわり)が観得てきます。
そういう視点を変えた見方を身につけることです。
自分にとって「愛」ってなんなんでしょうか?
与えたら、与えられる。
守れば、守られる。
助けたら、助けられる。
導けば、導かれる。
教えたら、教えてもらえる。
聞いてあげれば、聞いてもらえる。
許せば、許される。
愛しめば、愛しまれる。
取ったら、取られる。
責めたら、責められる。
見捨てたら、見捨てられる。
騙せば、騙される。
嘘つけば、嘘つかれる。
無視したら、無視される。
裁けば、裁かれる。
嫌えば、嫌われる。
因果ってのは陰陽ありますからね。
悪い意味ばっかりじゃないです。
その出来ることを出来る範囲で理解してやっていく。
無理にすることはないです。出来ないことも当然あります。
出来ないからって言ってそれが罪になる訳ではありません。
その「心根」をひとつひとつ摂理に照らして考えて生きて行きたいと思います。
教祖や霊能力なぞ要らないんです。
アセンションとかも一緒ですね。その知識、さっさとドブに捨てましょう。
どんな因というドミノを倒せば、どんな果が来るかは明白です。
※但し、その倒す「心根」に寄ります。見返りを求めない心ですね。
ポジにドミノを倒して生きて活きましょう。
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